俺には一人、妻がある。

















頭上高くある月の光が眩しい。
シンドバッドは紙上で滑らせていた手を止め、ゆるりと夜空へと目を向ける。

(…彼が此処へ訪れた時もこんな月夜だったか)

ぼんやりと降り注ぐ月光を視界に入れつつ、シンドバッドは思考に沈んだ。












「夜分遅くに申し訳ありません、シンドバッド王よ」


小さく抑えられた声はだが凛としていた。
月が高く上る夜、人払いを行い最低限の人数で迎えたバルバッドの客人……いや、

「遠路はるばる御苦労だった。わざわざ出向いて頂き申し訳ない」
「いいえ…お目通り叶い光栄で御座います」
「お目通りも何も無いだろう。…さて、先ずは顔を見せてくれないか」


ずっと待っていた。
俺の花嫁。



しばし無言でいた相手はややしてゆっくりと顔に纏わせた薄布を取り払った。そうして軽く伏せていた視線を上げ、シンドバッドへ何一つ隠すところのない顔を向ける。瞬間シンドバッドは軽く息をのんだ。何ら気負うでもない静かな瞳を相手はシンドバッドへ捧げていた。その深い透明度を有した双眼にどうしようもなく射抜かれたのだ。暫し惚けていたシンドバッドを小声で諫めたのはジャーファルであったが、そんなジャーファルですら僅かに上擦った声であった。シンドバッドはそうとは気付かれぬよう一度軽く息を吐いてから、用意を調えてある部屋へと彼らを通すよう周りを促した。

「長い路だったんだ、疲れただろう。今夜はゆっくりと休んでくれ」
「はい。お気遣い傷み入ります」

ありがとうございますと零し、一礼してからバルバッドの者等は部屋を辞した。シンドバッドはジッと退室に使われた扉を眺め、そうして唇をそっと開いた。



「アリババ…サルージャ」















シンドバッドがシンドリアを建国したばかりの頃だ…前バルバッド王とシンドバッドはある一つの約束を交わした。とある出来事で知り合った二人は、そうかからず教え教えられる関係になった。バルバッドの先王は自身の持ちうる経験・知識を全て若き日のシンドバッドへ注ぎ教えた。シンドバッドはただただ先王に感謝し、また同時に享受するばかりの自分を恥じた。何かしらの形で恩を返したいという旨を告げられた先王は、ならば一つ頼まれてはくれないかと先への約束を提示した。それが此度の婚姻に関わる。

それはシンドリアの価値を見てのものではなく、先王の非常に私的な親心であった。表に祭り上げられたバルバッド先王の子どもは二人…だが実際にはもう一人先王には子どもが在るという。その子をどうか将来支え守ってはくれまいかという願いを一つ。シンドバッドは迷う素振りもなくそれに頷いた。その子どもは一回り以上シンドバッドより幼いという。先王は常厳しい表情を僅かに緩めてその子がいかに器量も頭も良く、何より愛らしいかポツポツと語った。隠された子どもだ…誰彼に話せるものではなかったのだろう。シンドバッドは尊敬してやまない先王のそんな様子を微笑ましく思い、またその子をこの目に映し見てみたいという興味を降り積もらせたのだった。














「失礼するよ」


軽いノックの後に室内へと身を滑らせる。

「…シンドバッド王」
「やはりまだ起きていたか」

寝台に座るアリババは凪いだ表情のままシンドバッドへと目を向けた。シンドバッドはアリババに近付くことなく扉に寄りかかった。

「沐浴を断ったそうだが?」
「…出来る訳がないでしょう」

じろりとアリババがシンドバッドを睨む。それに軽い冗談だとシンドバッドが苦笑すると、アリババは大きな溜め息を吐いた。

「身体を見られる訳にはいきません」

じわりと毒を含んだ乾いた声はアリババ自身を笑っていた。

「俺と婚姻を結ぶのは嫌かい?」
「…良いとか悪いとかじゃないでしょう」
「では嫌ではないと取るが構わないか?」
「ッ、あなたは!」

勢いよく寝台から立ち上がったアリババは身体を大きく震わせた。激情を必死で押し殺すように数度呼吸を繰り返す。

「っ俺は、彼の名高きシンドバッド王の婚約者……それが男だなんて笑えないと言っているんです!」

その言葉が終わるか否かで剥ぎ取られた衣服。アリババの上半身をゆったりと覆っていた布は全て床へと落ちる。現れたのは平坦な胸で、そこに女性の柔らかさは見当たらなかった。自ら衣服を払ったアリババはくしゃりと顔を歪ませる。

「シンドバッド王が我が国の先王と何を約束したかなんて知りません…けど、こんなのは可笑しいってあなたも分かっているでしょう?」
「そのままでは風邪をひくよ」
「ッ茶化さないで下さい!」
「…別に茶化したつもりは無いのだけれどね」

やれやれといった様相でシンドバッドはゆっくりとアリババのもとへ歩いていく。

「君の言う通り、俺はバルバッド先王と君のことについてある約束を交わした」
「…でしょうね。でなければこんな馬鹿げたこと」
「君と初めて出会ったのは十も前の年だったかな」

アリババの言葉を途中で断ち切ったシンドバッドは、おもむろにアリババへと手を伸ばした。


「…あの小さな子が随分と成長したな…アリババくん」
「っぁ、……ッ」

伸ばされた手は優しくアリババの髪を梳いていく。その手の感触にアリババは目を見開き、大きな瞳からぼろりと涙を零した。

「…ッ、し…んどばっど、さん」
「ああ」
「なんで…あなたは…」
「俺に君を見捨てろと?」

そちらの方がよほど馬鹿げているとシンドバッドは鼻を鳴らす。

「三年だ。三年、君は逃げていた」
「ッ、!」
「別にそれを責めるつもりは無い。何があったかは大体把握しているからね。あんな事があれば無理もない。…ただ、俺が少し悔しかっただけだ」
「く、やしい…?」

泣き濡れた瞳に不思議そうな色を灯すアリババにシンドバッドは笑う。

「君に頼って貰えなかった自分のことがね」

少しばかり不甲斐なく感じてしまったと零すシンドバッドにアリババの眉が下がる。

「…シンドバッドさんの所に逃げる訳にはいかなかったんです」
「どうして?」
「…だってあなたは…俺に甘過ぎる」

その言葉にパチパチと目を開閉させるシンドバッドにアリババは諦めたようにもたれ掛かる。

「あなたは絶対俺を甘やかすって分かってました。だからこそあなたのもとへ行く訳にはいかなかった…現に今だって甘やかされてますし」

もたれ掛かりそのままシンドバッドの衣服をぎゅうっと握り締めるアリババ。どこか頑なな印象を受けるその調子は精一杯の彼のプライドで。

「いつかは捕まると思ってました…思ってましたけどそれがこんな形だなんて」

やっぱりこんなの馬鹿げている。シンドバッドさんの馬鹿。
ぐずぐずと泣くアリババにシンドバッドは口の端を緩めた。

「公的な手段且つ有効な手を使わなければ君をこちら側へ引き入れることは困難だったからね」
「だからって花嫁ってなんですか…婚約者ってなんですか」

シンドバッドさんには俺が女にでも見えるんですか。
詰るような台詞にシンドバッドはまさかと声を上げる。

「性別なんて問題ではない。俺にとっての君がどんな者より愛らしいというだけさ」
「…は、?っ」

ぽかんとシンドバッドを見上げるアリババの頬が間を置いてじわりじわりと染まっていく。その様子を眺めていたシンドバッドは僅かに目を細めた。

「なあアリババくん…俺が何年待ったと思っている?もう待つのは飽きたんだ。そもそも俺は本来受け身の人間ではないからな」

君が信じられないというならば信じてくれるまで何度だって告げよう。それは薄っぺらい愛の告白等ではない。在りし日に誓い、魂に懸けた約束であり欲だ。

「バルバッド先王の意にはなるべく沿うつもりだ。…だが勘違いしないでくれ、これは紛れも無い俺の意思であり意志であるということを」

そう言ってシンドバッドはゆっくりと地に片膝をつき、アリババの手を取った。


「改めて請おう…バルバッド国第三王子アリババ・サルージャ、シンドリア国が王である俺の生涯の伴侶となってくれ」


仰げる空はまだ暗く、されど散る星々は月は陰りも無く。

「…俺、男ですよ」
「ああ」
「…俺で、良いんですか」
「君が良いんだアリババくん」


ぼろり、
また一つ零れ落ちた涙は夜闇を溶かし、何よりも真摯なものとしてシンドバッドの眼には映った。












「……すきです、シンドバッドさん」
「ああ、知ってるよ」





知ってるよ。
ずっと待ってた。

…待ってたよ、アリババくん。








「君が喘ぎ苦しむもの全てを、今度こそ俺にも見せてくれ」



はらはらと落ちる涙は止まらない。自分で拭う必要のないソレを、アリババは随分久し振りに流していた。




















七海の覇王と謳われるシンドバッド。彼の王が敷く法は自主性を問うかのような自由が存在する。決して長いとは言えないシンドリアの歴史…その中で初めてといえる形の婚姻を成し得たのは、他でもない建国の主その人であった。









それは眩いほどに
(大丈夫だよ、幸せにする)


***




…ごめんなさい(土下座)

と、まずは謝らせて下さいお誕生日おめでとうございますはるちゃん。

ひいひい本気で…本気で酷過ぎるお話に本人涙目なんですがお祝いの気持ちは有りすぎる程に有りますおめでとうございます!好きです!

あの…あの…もう本当にすみません。こんなので本当にすみませんふわふわ訳わからないお話で誠にすみません。もしかしたら書き直すやもしれませんすみません。無理矢理色々省いたら見るに耐えなくなりましたすみませんおめでとうございます(土下座)

至る所が説明不十分に分かりにくくて申し訳ないです。

うおおおとにかくお誕生日本当におめでとうございます!と!!おめでとうございます!!

はるちゃんのお誕生日をお祝い出来て大変に幸せです。ありがとうございます!
はるちゃんにとってこれからが益々素敵な日々であるよう願っています。

もう一度最後にお誕生日おめでとうございます!


(針山うみこ)